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鬼海弘雄 : ぺるそな

鬼海弘雄氏は、浅草に来る人々を三十年以上撮り続けている奇特な写真家です。


ハッセルブラッドで切り取られた人々のポートレートは、ていねいな焼き加減のモノクロ写真として昇華され、氏のコメントとともに写真集として編まれています。と同時に、その特性を最大限に生かしているのは何者でもない、氏の腕の良さなのでしょう。技術面もさることながら、ていねいなプリント上がりからは、写真へはもちろんのこと、被写体への愛すら感じます。長年同じ場所で同じテーマで撮っているだけに、鬼海氏が街に溶け込んでいる自然さもまた、これを優れた一冊にしている要因に違い在りません。


ブローニー判特有の粒状性の良さが人々の肌を一層引き立て豊かにし、写真の記録性という面においてもきわめてレベルの高いアーカイブとして評価できる「ぺるそな」。とりわけ有名人なわけでもない、ただ浅草に訪れた人々を「撮り集め、並べ、人に見せ、その結果として人を魅せる」、そのことの難しさを想像するのは容易いこと。それをこの一冊が可能としているのは、上述した点もさることながら、一枚一枚に付随された氏のコメントにどうやらヒントがあるようです。


これは最近の写真集なのであまり中身を紹介するのは作者に申し訳ないのですが、ひとつだけ例を挙げさせていただきます。


《四十七年間ヒゲを伸ばし続けているという元沖仲仕 2001》
※クリックで別ウィンドウにて拡大されます


このように、少し変わったコメントがついています。たった1行のコメントに過ぎませんが、その1行がその人物の人生の一片をふと妄想させてしまう。そこが、この写真集の面白みのひとつでもあります。とにかく何十年も撮り集めているだけに、この写真集には「浅草にはかくも変わった人々が集まるのか」と思わせるだけの愛すべき奇人たちが集まっています。

そしてなによりもこの写真集において奇妙でもあり、興味深くもある点。それは、モノクローム故の《時間の喪失》でしょう。氏の撮り集めた写真は時代を超越するかの如く存在しています。2000年に撮られた写真がまるで70年代であるかのように見えたり、その逆も然り。


同じ人物を十数年区切りで数回撮影しているものもあり、それらを観ていると人間の変化を思い知らされますが、どこか他の部分では、同一人物であるにもかかわらず、"彼ら"と称したくなるほどにそれぞれが一個体の被写体として独立して見えるのも不思議なところです。これも、アーカイブとしての記録写真であるが故の倒錯なのでしょうか。


ポートレート写真集において、ここまで観させられるものはなかなかありません。


Posted by TOMO (keiichi nitta studio)

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